さやなかなるときをここで...

想い出は流れるまま〜屋上

「あの時のこと忘れてないよね、君が私に涙流させたこと」
 その時のことを思い出しながら、その言葉を受け止めた。

 再会は突然だった、休憩時間に近くのコンビニエンスストアまで残業の友の野菜ジュースとロールパンを買いに行く途中、見覚えのある顔と姿に目を疑った。別れを告げたあの日から四年ぶりの再会、ただ驚くだけだった。
 二人の間にはしばらく暖かい風が空気を振動させるだけだった。
 やっと発せられた声は音にならないような微笑みから生まれる声だった。お互いの現状を確認し、あの時とあまり変わってないねと同時に言葉が出た。
 彼女は職場の近くにある建築事務所で臨時でアルバイトをしていた、休憩時間に銀行に行って来た帰りだという。少しごめん、と言い鞄の中から携帯電話を出して電話をし始めた、僕は目の前のコンビニを指差して彼女に中にいると口の形だけで伝え目的のものを買いに入った。

 レジで精算をしていると彼女が入ってきた。
「相変わらず好きだね、そのジュース。時間あるよね三十分ぐらい、昔捨てられた男に偶然会ってちょっと話していくって事務所に断り入れたから」
 僕が返事する間もなく目の前にある喫茶店に手を引き入った。
 ウエイトレスが注文を聞き、水をおいていった。

 それも唐突だった。
「まだあのビルってあるのかな」
 二人でよく行ったビルの屋上、地上だと都会の街明かりで星が見えないから高いところに行ったら少しでも見えるんじゃないかと単純な発想から行き着いた場所、そこは二人だけの空間だった、星を見て、街を見下ろす。夏の暑い夜のひんやりとした風にささやかな幸せを感じていた。
「あるんじゃないの、あの頃まだ古いって言うには早すぎるくらいだったから」
 ウエイトレスが注文したジュースを持ってきた。
「時々ねあの場所に行きたくなることあるんだ」
 昔を懐かしむような口調、表情、僕にはそう映った。
「でもいけないんだ、あの時のこと思い出しそうで」
 語尾には言葉以上の憂いはない。

「もちろん忘れるわけないさ」
 二人だけの空間で僕は彼女に別れを告げた。僕が壁を作っていた、そしてそれを打ち崩せずにいた。自分のわがままがそこにあっただけだった。
「あの涙はこたえたから、今でもあれ以上強烈な涙には遭遇していないよ」
 壁を必死にこえようとしていたのは彼女だった、それに気がつかなかった。
「今だからいえるけど、そこまで想われてると思ってなかった。ありがとう、ほんとに嬉しかった、自分の言葉に後悔した、だから忘れるなんて…」
「嬉しいこと言ってくれるよ、ほんと。わけわかんなかったから、何で私が振られるのって、全く思いもよらなかったからね」
 あくまでも彼女は明るい。
「一度の涙で断ち切れるんだ、そういう性分だもん。今日誘ったのもね、過去のこと色々言うつもりじゃなかったの、一度は気持ちを通わせた相手とならいい友達になれるんじゃないかなと思って」

 彼女は帰り際に携帯の番号と言ってメモ帳の端に十桁の数字を書いて僕に手渡した。僕は名刺にFAXの番号とE-Mailのアドレスを書いて手渡した。彼女は今度パソコン教えてねと言って職場に戻っていった。

 その夜、無性に風に当たりたかった。
 四年ぶりの再会、懐かしさと共に当時の気持ちが蘇ってきた。
 やはりあのビルだと思い、車を飛ばす。
 屋上はやはり気持ちが良かった、あの時と同じ様に地上とは違う風が吹いている。
 思いは四年前に飛ぶ。 
 それまで、自分は女性に思われていたという実感がなかった。彼女の涙を見、言葉をぶつけられるまで。
 家族や親戚からの日常的に感じる愛情以外の恋とか愛などという気持ちに対して不安だった。自分にないものが果たして人にあるのだろうかと、好きな人はそれまでにもいたし、つきあいたいとも思った、近づけば近づくほどその気持ちは薄れていった。
 つきあって欲しいと言われつきあうこともあった、だけど結局形だけの恋愛、体全体で思うことはなかったし思われてるとも感じたことはなかった。どこかさめている自分が常にいた、どんなに言葉や体を重ねてもそこには空虚な思考が広がるだけ。どこかでそれを求めてはいるが自分で否定していただけだった。傷つくのをおそれていた、傷つけるのもこわがっていた。それが一番傷つけいることもしらないで。
 彼女に別れを切り出したのも、同じ理由から。一緒にいるのは楽しかったしかけがえのない時間だと感じていた、でもただそれだけだった。何か足らなかった。
 今思えばただそれだけの幸せなんて簡単に手に入るものじゃない、何を求めているかもわからなくなっていた。
 だから別れを決めた時も何も感じなかった、別れを告げたことに後悔するかもしれない確率なんてなきにも等しかった。
 彼女の涙と言葉に衝撃を受けた、うわべだけの涙だけならさらりとかわしてその後も同じ事を繰り返し続けただろう。流れる涙の上の言葉はすべて今でも思い出せるほどの重さだった。彼女は必死に言葉を尽くして君のことを好きだと言った、そこまで思われているなんて思ってもいなかった。正直に嬉しかった、それと同時に強烈な後悔が押し寄せてきた。前言をひるがえすほどの無責任な人間にはなれなかった。
 その時になって彼女のことを愛おしいと初めて感じた、彼女といるときに自分の中に生まれている感情が恋愛感情の欠片だった、それを大切にしていけば自分にも人を愛することが出来ることを初めて知った。

 この屋上から見る星は四年前と変わらない、風も変わらない。想い出を運んできて流していく。
 あの時、自分の中に生まれた感情は貴重なものだった、自分が人を愛せるかもしれない、目の前に広がる漠然とした風景に目標物が現れたようなそんな感覚。好意や愛情を受けることを怖がるあまりに自分をさらけ出さず偽りで固めつくしてた。

 今更ながらあの時の彼女にありがとうと言いたいと思った、今日再会したときそんな気持ちがどこかにあったのだろう。
 そして、風に押されるように屋上をあとにした。何故か目からは涙がこぼれそうだった。

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