さやなかなるときをここで...

絶縁宣言

 秋風のきつかったその日は桔斗に呼び出されて僕は久しぶりにパチンコ屋に向かっていた。
 お気に入りの自転車は今日も快調だ。約束の時間、九時二十五分にぎりぎり間に合いそうである。自転車をパチンコ屋の前に止めると、入り口に向かう。目の前には十人弱の人集り。
「お、きたきた」
「今日はなに、こんな早くパチンコ屋に呼び出して」
 僕は手招きに応じて、頭を下げながら人集りをかき分けて桔斗の元に行く。
「とりあえず、勝負」
 スロットのコーナに目配せをしながら桔斗は言った。
 開店を知らせる店員の声と共に自動ドアが開き、人がなだれ込みおのおのが目指す台に向かう。僕は桔斗のあとをついて入店する。
「こっちだね、この台座りな」
 桔斗は入店するなり、コインサンドに千円札を素早くいれでてきた数枚を手にしてスロットマシンに一枚コインをいれてゲームを始める。同じ機種、十数台に同じ事をして僕にそういった。呆気にとられている僕を見ながら不思議そうな顔をして桔斗はせかした。
「何やってんの」
 とりあえず言われた台の前に座り、コインサンドから残りの四十数枚を持って僕の隣に座った桔斗に聞いた。
「まあ見てなって」
 そう言うなりスロットに一枚コインをいれゲームを始めた。
 赤色の7が三つそろい、派手な音楽が鳴り響き店内放送が大当たりを店内に告げる。
「こういうこと」
 桔斗は目を細め笑って僕にゲームを促した、店員が大当たり開始のプラカードを桔斗の台の上に差していった。
「切れ目見えるだろ、それ狙ってれば良いよ」
 僕がコインを入れたときにもまた大当たりの店内放送がスロットの大当たりを告げた。

「あ、そろった」
 桔斗に言われたように一回転に一回見えるリールのつなぎ目にタイミングを合わせてボタンを押してみると最初のゲームで赤い7がそろった。
「こういうこと、客寄せで朝数台大当たりを仕込んであるんだこの店」
 僕のなぜという視線に答えるように桔斗は言った。

 僕はこうしてこの日、千円で五十枚に換えたコインを千枚近くにふやして店をあとにした。

「後ろにいた奴覚えてる」
 パチンコ屋の三軒となりにあるお好み焼き屋で水を飲みながら桔斗は言った。
「一度キットに声かけてきたロンゲの男のこと」
 桔斗は首を縦に振りながら空になったコップを店員に見えるように持ち上げた。
「そう、そいつ」
 僕は多分不思議そうな顔をしたのだろう、少し桔斗は笑って続けた。
「碧美希って女の子覚えてる」
 急に別の名前が出てくる、僕は首を縦に振る。
「えっとねぇ、半年くらい前、花火の時に一緒に遊んだよね。その美希ちゃんの元彼、さっきのロンゲ」
 夏の花火は覚えている、確か小柄な女の子を桔斗は連れてきていた。
「そいつに会わせるために僕を朝早く呼びだしたの」
「まあ、顔見ておいた方がいいかと思って」
「話がよくわからないのだが」
「実は、美希ちゃんに絶縁宣言をされた」
 桔斗が碧美希なる女性とつきあっていたという話は聞いたことはない、桔斗の交友関係はどこで生まれたものかわからないくらい多岐にわたっている。
「いや、つきあっていたわけじゃないんだ。現に花火の時も彼氏との待ち合わせで先に帰ったじゃないか」
 質問される前に、答えを用意する。これが夫婦間だとかつきあっている男女の間だと喧嘩の元になったりするのだが、僕の場合はありがたい質問する手間が省ける。
「結構仲良かったんだ、二人であったり、彼氏の愚痴とかいろいろ」
 いつもの桔斗なら女の子の友達に別れを告げられようが、恋人に捨てられようがこんな形で僕に話を持ちかけることはない、何かあるのだろう。
「なにかごたごたか」
「さすが、悦。相談しがいがあるってもの、実は美希ちゃんの彼にストーカー呼ばわりされてね」
 桔斗は女の子ひとりに執着するような男ではない、望めばいくらでも相手をしてくれる女の子はできるはずだし、いるはず、それが幸せなのかどうかはわからないけど。
「それでさっきの元彼が出てくるのか、今日の儲けはこのことに巻き込む報酬ってわけ」
 首を縦に振りながら桔斗は笑う。そこに「いつもどうも」と言う声と共にお好み焼きが運ばれてきた。
「これも報酬の一部」
 桔斗はまだ割れていない箸で僕の前に来たお好み焼きを差してそういった。

「彼女の立場も微妙だね」
 お好み焼きを食べながら、桔斗の話を聞きそう僕はいった。
 美希は今つきあってる彼に内緒で桔斗に会っていたようだ。たまたま、桔斗が携帯電話に電話したとき彼が出た、美希がいなかったのと女の子の友達だと思ったのだろう。
「その日の夜だよ、美希ちゃんから電話かかってきて、絶縁宣言」
 桔斗は投げやりそういった。
「タイミング悪かったみたいね、どうしてストーカーまで話が発展するの」
「たぶん、その彼の勝手な思いこみだと思うんだけどね。実際に美希ちゃんはストーカーみたいなことで悩んでいた、それがさっきのロンゲっていったたんだけど。彼女自分がふったことをちょっと負い目に感じてて、ロンゲが学校の前まで来たりとか、夜中に必要以上に電話してきたり、いろいろあってね。そのことも含めて相談に乗ってたのにね」
 桔斗は悲しそうに僕に話した。
「きちんとその彼に話すればいいじゃん、自分は相談に乗ってただけだって」
「それで話がすむのなら悦に相談なんかしないよ、それにストーカー扱いされたままじゃ『去る者追わずのキット』といえども後には引けないし」
 おどけた顔に少しかげりが見えた。
「相変わらず優しいね、キットは。電話かけてかかってくるまでのやり取り想像したんだ」
「一度そう思ったらてこでも動かないらしいのよその彼」
 桔斗が電話した後、彼に問いつめられてなにもいえずにおびえる美希を見て前話していたストーカーだと思い電話をかけさせた「もう二度と電話してこないで」と。さらに追い打ちをかけるようにその彼自身が桔斗に「電話番号変えても意味ないぞ、次電話してきたらどうなるかわかってるだろうな、このストーカーが」
 これが桔斗の想像したやり取り、僕は美希が桔斗のこと正直に話している可能性は少ないと考え、この想像はある程度本当に起きたことに近いと判断した。あくまでも桔斗と美希の関係が良好かつ美希が桔斗のことを友達として認めていることが前提ではあるが。
「手っ取り早いのはロンゲ君にストーカーやめさせることか」

「そのロンゲ君なんだけどストーカー的行為をするようなやつには思えないんだ、実際」
 桔斗はお好み焼きを食べ終わった後、温かいお茶をゆっくり飲みながら再び話を切りだした。
「交流あるの」
 僕はちょうど最後の一枚を食べ終えた。
「まあ、よくそこのパチ屋であうからね、それに美紀ちゃんと知り合いになったのも彼を通じでだからね」
 桔斗は首を傾げながらお茶のおかわりをもとめた。
「何だろ、そぐわないって感じかな。見た感じじゃ人間わからないんだけど、いい意味で期待裏切ってくれるやつだったから」
 桔斗はそういいながら店を出ようと僕に目配せした。入り口の方を見ると何組かお客が待っている、時間は正午過ぎ。

 桔斗は五百円硬貨二枚出して代金を払っていた、なぜか手元に二枚の五十円硬貨があった。一枚五百円のお好み焼き二枚頼んだはずなのに。
「日替わりランチ硬貨一枚で払うとお釣りくれるんだここの店、なんでか知らないけど」
 僕は変わった店だと思いながら、桔斗受けたの絶縁宣言の行方を考えた。
「潔に頼むか、一寸そのロンゲ君を調査してもらおう。僕が暇だといいのだけど、ここのところ立て込んでいて、それに他に調べたいこともあるし」
「金かからないの、そこまで本格的にならなくても」
 潔は僕の高校時代からの友人で探偵会社でアルバイトをしている、社員にならないかと誘われるくらい優秀な探偵見習いのようだ。
「今日、僕のもうけを潔に渡す。たぶんそれで動いてくれるよ、お金渡さなくてもその程度の調べモノならやってくれるだろうけど、報酬ある方がやりがいあるだろうし」
 目の前にあったコンビニエンスストアから潔の家にファックスを送っておいた、今晩にでも連絡があるだろう。

 僕はファックスを送ってから一週間もしない内に潔から調査の結果が届いた。ファックスにして三枚分の結果報告。

「潔の話だと、毎日のように美希さんの大学に行っているのは事実だね」
 桔斗は僕の渡した潔からの報告を真剣な目つきで読んでいる。
「ロンゲ君、彼女できたんだ、しかも美希ちゃんと別れた直後か。それにしてもまめだな毎日彼女お迎えですか、それで夕方にパチ屋で全く顔見なくなったわけだ」
 彼は毎日美希と同じ大学に通う彼女を迎えに行っていた、そこで美希に姿を目撃されていたようだ。潔はそのあたりの調査は完璧だと言っていた、どんな方法を使ったのかは知らないけれど。
「電話は誰がかけてるんだ」
 桔斗はどうなのという顔をした。
「その件に関しては僕に良い考えがある、ロンゲ君の携帯電話の番号知ってるよね。かけてみてよ」
 桔斗はズボンのポケットから携帯電話を取り出して電話をかける。某有名名探偵を屋号にしたこの店は雰囲気がいい、別の場所に移転するという張り紙に複雑な想いである。
「つながらないや、なんでだろ」
 あきらめずに数分間電話をかけ続けた。
「キット、明日ロンゲ君に携帯電話のこと聞いてきて。僕の予想だと今彼の持っている携帯電話は前と番号違うはずだよ。そうじゃないとすっきりしないんだ彼の行動」
 桔斗は電話をかけるのをやめて不思議そうな顔をする。

「やっぱりそうだった、しかも前の携帯電話の権利売ったって言ってた」
 翌日の昼、桔斗のいるはずのパチンコ屋に行くとドル箱にコインを沢山詰め込んでいる桔斗の姿があった。横には例のロンゲ君。
「直に電話がかかってきて電話を売って欲しいって言われたらしい。気に入った数字が並んでるからとか言って、それで返事に困っていてしばらくするとその人の代理って人が会いに来てある程度の現金を渡されたから仕方なく売ったらしい。ロンゲ君が言うには美希ちゃんと別れたばかりだし携帯電話変えるのも気分転換になっていいかなっていってたよ、ちゃんと所有者移転の手続きもしたから請求書がくることもなかったって」
 僕はその話を店の外に出て聞いていた、桔斗は終始不思議顔で話すロンゲ君は桔斗の話に首を縦に振りその通りという意志を表す。桔斗が話し終えるとロンゲ君は新しい電話番号教えなかったことを謝り続けている。
「ほぼ、思っていたとおりだ。只そこまで介入しているとは思わなかったけど、これが偶然だったらまだかわいげもあるけどね。計画的」
 僕はあんたんたる気分に成りつつあった。ある程度は予想していたことだけど、先が思いやられる。
「悦、すまん、こいつがストーカーじゃないってことだけはわかった」
 ロンゲ君が真剣に顔を立てに振る、今まで身に覚えのない疑惑をかけられていた一番の被害者かもしれない。
「ただ、売った相手が美希ちゃんに電話かけてたってことが引っかかる。携帯電話は出荷状態にして渡したって言ってるし」
 僕は二人に立てている仮説を話した。

 二人とも顔には出さないが静かな怒りがわいていそうだ。
「このこと美希さんに話した方がいいと思うんだ、多分僕が行くのがいいと思う。君ら二人が言ってもややこしくなるだけだから、多分」
 あまり気乗りはしなかったが巻き込まれてしまった以上決着はつけなくてはいけない。

 冬が近いと感じる風が喫茶店の外では落ち葉を舞わせている。
 僕が話すと言ったあとにロンゲ君が自分の彼女と美希が友達だから彼女に頼んで会う場所を作ると言ってくれた、彼にしても自分が売った携帯電話が問題になっているのが心引けるのか美希への思いがそうさせるのか、僕にとってはひとつ省くことのできた手間が何より嬉しい。
「お待たせ、もしかして彼」
 美希がやってきて椅子に腰掛ける、僕とは一度会ってるはずだが覚えてないみたいだ。横にいるロンゲ君の彼女は笑ってごまかす、美希もその笑いにつきあいながらウエイトレスにホットカフェオレを頼む。そこにロンゲ君が彼女を呼びに来た、美希には目もくれずに彼女共に喫茶店を出ていった。外の車で僕が店を出るまで待っていてくれるのだが。
「そう言うことなのです、美希さん」
 僕がそう言うと美希は目を見開き僕を凝視する。
「あなたと別れた直後からつきあってるみたいですよ、わざわざ友達の調べもの頼むより直接聞けば良かった、まあそれはあなたに関係のないことですが。これだけははっきりしていますあなたが学校帰りにみた彼の姿は彼女をああして毎日迎えに来ていた姿、決してあなたを見に来ていたわけではないのです」
 もとの優しい顔つきに美希は戻っていた。
「おくれました、僕は綾奈悦彦。桔斗の友人です、あなたとは一度お会いしてるはずなのですが」
「ああ、夏の花火の時の人」
 どうやら思い出してくれたらしい、はじめて笑みがこぼれる。
「そうしたら、携帯は」
「携帯電話もあなたと別れた直後にとある人物に譲渡したらしいですね、むろん携帯電話に登録してある電話番号はすべて消去したと言っていましたし、まあ新しい持ち主にあなたの電話番号が彼経由で伝わったてことはないでしょう」
「とある人物って」
「すべて代理人と称する人間が手続きをしてお金を払ったようです。それは調べればわかることなんでしょうが、あえて調べませんでした」
 美希の顔に不満がほのかに浮かぶ。
「元々あなたの電話番号を知っている人間がその携帯電話を買い取ったのでしょう、誰かを知るってのは僕の問題じゃなくあなたの問題です」
「誰なのかわからないのですか、知っていて隠しているのだったよけいなお世話です、きちんと教えてください」
 美希の声と目は必死だ。
「これから話すのはあくまでも僕の組み立てた仮説です、僕の知っている中で一番可能性の高い人物の話をします、キットの話によると電話がかかり始めたのはロンゲ君が大学が終わると来ているという相談をされた少し後」
 美希はこくりとうなずく。
「しかもいつも家に独りでいるとき、出ると切れる、こちらからかけても絶対に出ない。ひとつ聞きたいのはなぜ着信拒否とかしなかったのか」
「それは彼に証拠として残るから拒否しない方がいいし、そんなことして相手の神経逆なでしない方がいいからって言われたから」
「そのわりにキットに怒鳴ったみたいだけど」
「あのときはびっくりした、キット君にはホント悪いことしたなっておもってます」
「それはキットに直接言ってあげて。その言葉がもう少し早くキットに届いていたら、こうして僕らが面と向かい合ってこんな話することはなかっただろうから」
「彼が厳しいの、特にキット君から電話かかってきたあとから。会うたびに携帯チェックされるしね」
 話の内容の割には嬉しそうだ、僕はホットカフェオレのおかわりをたのむ。
「いたずら電話のことはもちろん彼に話していたんだよね」
「うん、そのことで真剣に悩んでくれたし、俺のいるときにかかってきたら何とかしてやるからって。その辺あたりかなぐっと仲良くなってつきあい始めたの、あの頃は優しかったな」
 マグカップの中のカフェオレの水面できる波を見ながら美希はため息をついた。
「キットじゃなかったわけだ、同じことをしていても」
「そうだね、タイミングも良かったしね彼、いたずら電話がかかってきた直後とかによく電話かけてきてくれてたから。いちばん不安なときに支えてくれてたから、キット君に話したのは直接やめろって言ってくれないかなって期待してたんだけど」
 そのころ桔斗は忙しくてろくにパチンコ屋にいけず金欠と騒いでいたから、バイトをまわした記憶がある。
「いたずら電話はなくなったの」
「え、そうだね、そう言えば最近全くない。やっとあきらめてくれたのかキット君が直接言ってくれたのかなって思ってた。もしそうだとしたら彼のおかげだ、キット君には悪いけど」
 ウエイトレスがホットカフェオレを僕の前に置いていった。
「なんか、わたしののろけ話してるみたいでいやだ。本題に戻って」
「脱線していたわけじゃないんだ、あくまでも可能性だからねこれから話すのそれだけは心の隅に置いておいて」
 僕は深呼吸して早まる心拍数を押さえようとする。
「元彼が学校まで毎日のように来ていることを知る、手元にはその彼が持ち主だった携帯電話、しかもあなたに対して興味以上のものを持っている。そう言う男がもしかしたら元彼をストーカーに仕立て上げてあなたにより接近して好意を得る確率って、普通に接して好意を得る確率よりかなり高いと思う」
「・・・・」
「今の彼がそうだと断定してるわけじゃない。キットだってその可能性はあるし、ほかの僕の全く知らないあなたの周りにいる男かもしれない」
 美希の顔の表情は変化がない、必死に僕の話を理解しようとしているようだ。
「今の彼がそうじゃないと言い切れる材料のひとつはロンゲ君の電話番号を知らなかった場合。そうだとすると、一番怪しいのはキットだ。だけどもしキットが犯人なら絶対僕には相談しないと思う」
 思い当たることがあるんだろう、下を向いて顔を上げようとしない。
「あのひとは、電話番号知っています。前の彼とまだつきあってる頃バイト先の飲み会で電話がかかって来て隣に座ってたあのひとが携帯電話のディスプレイ見て覚えやすい番号だねっていって覚えたって言ってたから。それに妙にあのひと数字には強いから」
 弱々しい声が僕の耳に入る、ついさっきまで束縛さえ幸せという雰囲気を漂わせていた人と同じ人の声とは思えない。自分で買って出たこの役割にやはり暗くなる、だれも目の前にいる女性を傷つける権利などないはずだ。だけどそのままやり過ごすことはできなかった、最初は桔斗の疑惑を晴らせればそれでいいと思っていた。情報が入ってくるたびに相手の弱みにつけ込む男の姿がちらつき輪郭がはっきりしてくると自分の中に納めておくわけにはいかなくなった。目の前にいる女性に恨まれようと蔑まれようとかまいはしない、それだけのことを僕はしている。
 こういうことがあるたび関わらなければ良かったと思う、自分の周りにあるモノすべてに対して絶縁宣言をたたきつけたい気分になる。ただ関わってしまった以上、思ってしまった以上何もしないのも僕は嫌だった。

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