想い出は流れるまま〜河原
何年ぶりかな、この景色見るのは・・・
そう自分に問いかけ、ちょっと後悔した。あまりにも年寄り臭いと思ったから。
高校時代の日課のようなものだった。バス停から家まで道路を歩かずにこの河川敷を歩いた、堤防の道は歩くには危なく、迂回路は時間がかかる。
私は時々、制服のまま河川敷公園のベンチにスカートのしわを気にしながら座っていた。
本を読んだり、好きな音楽聴いたり、時には友達が隣に座っていたこともあった。
けど、何もせずに夕方の風にあたっているのが一番好きだった。たとえそれが一分でも、ここにいるだけで良かった。
だから、雨が嫌い。
多分、この場所は私だけじゃなく他のいろんな人も、それぞれの理由で思い思いの瞬間をすごしていたのだと思う。
犬の散歩のおじいさんには時々あまい果物をもらったり、小学生達のキャッチボールに混ざってみたり、汗をにじましながら走るランナーに憧れてみたり、格好の良いトランペットの音に心奪われたりしていた。
ただ一人、私の視界にはほとんど入らないのに気になり続けた人がいた。
いつも同じ場所に座り時間を過ごしている高校生、制服はここから見える高校の生徒だと教えてくれる。ブレザーとネクタイは彼を大人っぽく見せていた。
私は気になりながらも、自分に害をなす雰囲気でもなさそうなので関わりを持たずにいた。ただ、いつも開いているノートの中身は興味があったが。
冬は当然のことながら太陽は早く沈み、暗くなるのも早い。河原で時間を過ごすことはほとんどなかった。どこに悪意が潜んでいるかわからない、闇は人を凶暴にすると感じていた。
冬も嫌いだった。
忘れもしない十二月の三週目の木曜日、大学受験の一次試験を一ヶ月後にひかえた日に突然の別れの宣告。同じ大学にと一緒に勉強した日々をすべて否定された気分だった。別れそのものよりこの一年近くの自分の考えを粉々に砕かれたようで涙が止まらなかった。
さらに自分のそんな考えに自己嫌悪に陥り、考えることがすべて負の方向に突き進んでいった。
翌日も、自分の殻だけが動いているようで、ただ時間だけが過ぎていった。
私はいつもの場所に座っていた。ただそれだけ、月の明かりさえまぶしいと思った。
「こんな暗いのに危ないよ」
初めて聞く声に何も感じなかった。ただ私は声に反応して顔をそちらに向けるだけだった。
「ああ、君か」
その声の持ち主はちょっと明るくなった声でそう言って、私の横に座った。まるで当然というように。邪魔だとかそんな気持ちにすらならなかった。
「いつもここにいるよね、と言っても冬は初めて見るけど」
そう言われてやっといつもいる近くの学校の高校生だとわかった。
「ここにいちゃいけないかい」
私は肯定も否定もしなかった。まあいいや、そう言いながら鞄の中に手を入れ何かを探しはじめた。
暗闇の中、一冊のノートを取りだして開いて彼は自分の膝の上に置いた。その時の私は中身を見たいという欲求すらわいてこなかった。
鉛筆を出し何かを描いていた、私の目には何も映らない。闇にまだ目が慣れていない、ベンチに座ってずっと満月を見ていたせいだった。
「できた。前から思ってたんだ」
そう言ってノートを私に手渡した、そこには私が描かれていた。
「ごめん。何も断らずにモデルにして」
私はなぜだか目から涙がこぼれた、そこに描かれた私は今の私では決してなかった。
「ごめん、ホントに」
あわてながら言葉を続けようとする彼を制止して、私は首を横に振る。
「あなたのせいじゃないの、私の問題。ただ急に涙が出てきて」
私は涙を拭きながら首を横に振るが涙が止まらない、涙と暗さではっきりしない彼の姿が落ち着き言った。
「わかったよ、好きなだけ泣けばいいよ。責任の一端がぼくにはあるのかもしれなし」
私はどうしたらいいかもわからずにただあふれ出す涙をふいているだけだった。
「一人では泣けない、かといって知り合いの前で泣く勇気もない。そういう事ってあるよ多分」
私は彼の胸で泣きじゃくった、泣きながら思っていることを少しずつ喋っていた。彼のことを思っている余裕はなかった。彼は優しい顔でじっとしていた、私の泣くのを見、話を少し頷きながら聞いていただけだった。
結局その人とは二度と会うことはなかった、彼は自分がこの街を出る前に一度私の絵を描きたかった、そう言っていた。
私は彼のおかげで何度も救われている、高校三年の失恋より辛いこともあった、でもそのたびに彼の胸で泣いた時の自分に戻り枕に顔を埋めた。
あの時初めて私は泣いたんだと思う。それまでの涙はどこか計算めいていたのかもしれない、人を欺くため、さらに自分も欺くために。
懐かしくて涙が出てくる。私は鞄から彼が別れ際に描いて渡してくれた絵と鏡を出す、鏡の中の私は描かれた私と同じようにすっきりした顔をしている。
ありがとう、どこかにいるであろう彼と、あの時の彼につぶやいた。